
こんにちは。
Okinawa Holicの新城です。
このブログでは、
関西にいながら出会える沖縄の
「これいいね」を綴っています。
今回は、その背景にある
自分自身の沖縄との関わりについて、
少し書いてみようと思います。


遡ること、約100年前。
大正13年、今帰仁村出身の曽祖父が、
出稼ぎのため大阪へ移住してきました。
大阪には、大正区という地域があり、
多くの沖縄出身移住者が暮らしていることから
「リトル沖縄」と呼ばれています。
私はその隣町・西成で生まれ育ちましたが、
西成にも沖縄にルーツをもつ人がたくさん住んでいます。
小さい頃から沖縄県人会の行事に参加し、
食卓にはゴーヤーチャンプルーやポークが並ぶ。
大阪に住みながらも、沖縄はいつも身近な存在でした。
とはいえ、親戚はみな大阪在住。
沖縄にいるのは、名前しか知らない遠い親戚ばかり。
「沖縄にルーツがあっていいな」と
友達に羨ましがられることもありましたが、
小学校高学年になるまで、
実際に沖縄の地を踏んだことはありませんでした。
むしろ、
親戚行事は絶対で遊びの予定を入れられなかったり、
毛が濃いところだけは受け継ぎたくなかった…、
と、沖縄の家系であることを
少し疎ましく感じていた思春期時代もありました。
二度目に沖縄を訪れたのは、社会人になってから。
大学時代の友人の結婚式に参列するためでした。
それをきっかけに沖縄を訪れる機会が増え、
いつの間にか、沖縄が生活の中に入り込んでいました。


大阪で沖縄情報を発信するメディア
「大阪うちなーんちゅライフ」を続けていく中で、
思いがけない出来事がありました。
ある日、
オキナワグラフの編集長から、
一本の問い合わせメールが届いたのです。
内容は、
関西での沖縄に関する出来事を取材する
通信員として活動してみないか、というお話でした。
ただ趣味で書いていただけのブログが、
誰かの目に留まり、
声をかけてもらえるとは、
そのときは想像もしていませんでした。
この出来事をきっかけに、
関西各地で行われる沖縄イベントや物産展、
ライブや文化行事など、
さまざまな現場に足を運ばせていただくようになりました。
取材を通して知ったのは、
大阪には、こんなにも多くの沖縄に関するイベントがあるということ。
そして、こんなにも沖縄を好きな人がいるということでした。
関西にいながら沖縄を想い、
足を運び、支え、楽しんでいる人たちが、
想像以上にたくさんいる。
その現場に立つたびに、
「伝えること」の意味を、
強く意識するようになりました。


そんな中で、
琉球新報の大阪通信員として
活動するお話もいただきました。
自分にはあまりにももったいないお役目だと感じる一方で、
受け取ったものを、きちんと返していきたい、
そんな思いが芽生えました。
取材を通して受け取った、
貴重な情報や現場の声を、
自分の中だけに留めるのではなく、
ひとりでも多くの人に届けていきたい。
だから、
さまざまな形で発信を続けています。
それが、
沖縄に関わる人たちへの感謝であり、
この役目をいただいた
自分なりの責任だと思っています。


沖縄に生まれ育ったわけでもなく、
沖縄に住んでいるわけでもない。
それでも、
沖縄に惹かれ、関わり続けてきた時間があります。
関西にいながら出会える沖縄の文化や人、
日常の中にある小さな「沖縄」。
このブログ「Okinawa Holic」では、
日常の中で出会った
「沖縄の、これいいね」を綴っていきます。
気になるものがあれば、
そこから沖縄に触れてもらえたら嬉しいです。
ちなみに、
「Holic」は、いわゆる“〜病”。
つまり、
沖縄病の新城がお届けしています。
感染しても、責任は取れません。
あしからず。
